それからも私は毎日病院に行った。
お母様が入院している病院は私が働いているオナクラがある隣の駅だったので複雑な気分だったが、仕事帰りに効率よく移動できるのは楽だった。
彼も時々顔を出した。
彼が来るとお母様は明らかにテンションが上がり精神的にベタベタで、見ているこちらが少々妬けるほどだったが、お母様が笑顔になれることは大切なことだと思った。
その後、お母様は手術を経て退院し、お父様と二人の生活に戻った。
病気は完治したわけではないので、お姉さんは相変わらず頻繁に実家に顔を出す生活を続けている。
私はお母様が入院している間もほぼ毎日仕事には行っていたが、実働時間は大幅に減っていたので、それを取り返すべく休日を返上しシフトを詰めて働いた。
そして時々彼の実家に行ってお姉さんの手伝いをした。
それから数ヶ月後。
私の風俗人生にもそろそろ終わりが見えてきた頃、随分前に勤めていたヘルスのスタッフから連絡があった。
普通はそんなことはないのだけど、実はそのスタッフと私はメル友で(と言っても2~3ヶ月に1~2通程度のやりとりだが)今度新規オープンする店を手伝ってほしいとのことだった。
仕事内容は接客ではなく、女のコの講習その他諸々。
とりあえずそのスタッフと社長と私の3人で会って、話を聞くことにした。
当日、実際に細かい仕事内容・時間・給与を提示され、私の心は動いた。
もちろんオナクラほどの稼ぎは得られないが、仕事内容と拘束時間に対して随分と自分が評価された給与だと思った。
「なんでこんなに給料いいんですか?」「僕らに出来ないことだし、はるかちゃんしか頼める人がいないんだよ。」たぶん親心で色を付けてくれたのだと思う。
社長には恩もあるし、なにより脱がずに稼げるのならオナクラを辞めてこちらを手伝いたいと思った。
でも、彼(ユウくん)に風俗を辞める予定を申告してしまっているので、今自分ひとりで決めるわけにはいかない。
返事は少し待ってもらうことにした。
-143へ続く-
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本当に私は真面目で品行方正で礼儀正しい風俗嬢でした(笑)
指名数やらリピート率やらお客様の評判やらもあるとは思いますが、まず、女のコやスタッフにきちんと挨拶が出来る。他人の悪口を言わない。やばいことも薬もやってない。スタッフを顎で使わない。
そんなコは滅多にいないので、それだけで店にとっては貴重な存在です。
でも私も他のコと同じく精神は病んでましたが(笑)
仕事中、嘘で固めてガッツリと演技をするのは、自分のプライバシーを守るのと、こんな仕事をしている自分を認めたくないからですね。
『これは私じゃない』
ショックな出来事がトラウマになって多重人格になった人のような感じかもしれません。
初めのうちは泣いてばかりでした。
そのうちに、だんだん自分を殺す方法がわかって、器用になって、強くなって。
ヘンテコな奴、ヤバい奴、どんな奴が来ようと少しもひるまない、恐ろしい女になってしまったと思います。
女の切り売りの代償としては合わない…というのはまったくその通りだと思います。
でもそれしか生きる道がないのだから悲しいことです。
風俗で働く前は『そんなもの何億積まれても絶対嫌だ!』と思っていました。
風俗で働く必要がなくなって辞めた今、やっぱり『何億積まれても絶対嫌だ!』と思います。
死ぬか生きるか。
あのときの自分の選択は本当にこれでよかったのかと考えることがあります。
一人の男に対して向き合う力、減っちゃいましたかね。
失ったものはとてつもなく大きいです。