私は彼女を見た。
彼女は彼の名前を叫んでいる。
その視線は彼を追っているようにしか見えなかった。
「中村さん、ごめんなさい。ちょっと具合悪いから先に帰りますね。」「え、大丈夫ですか?でももうすぐ終わりますよ。」「ごめんなさい。彼には私が先に帰ったこと伝えてもらえますか?」「あ、わかりました。じゃあ出口まで送りますよ。」「大丈夫ですよ。彼氏のこと応援しなくちゃ。」「あはは、ありがとうございます。」「こちらこそ、どうもありがとうございました。」「また来て下さいね。」私はバクバクする心臓を押さえて出口に向かった。
胸が苦しかった。意味がわからない。
なんで?「彼女はいない」って言ってたのに。
観客席から『ワァーッ!』という大きな歓声が聞こえた。
とにかく、ここは私の居場所じゃない。
私はハイヤーを呼んで最寄りの駅まで移動し、コンビニで煙草を買って駅前のカフェに入った。とりあえず気持ちを落ち着けたい。
今までのことは一体なんだったんだろう。
本気で好きだったのに。
思えば、彼は私に『好き』とは言ったけど、『付き合って』とか『彼氏と別れて』とかは一言も言ってない。
それって自分に彼女がいるからなんだ…。
でも、彼は私よりもそれ以上に、彼女に対して酷いことをしている。
彼女は恋人の浮気相手があの場所にいたなんて思ってもみないだろう。
-59へ続く-
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自分の計画ならある程度は動かせても、どうにもならないことっていっぱいありますからね。
私にも何か良い事件が起こるといいのですが、なんの努力もしていないのにそんなこと言っては罰当たりでしょうかね(笑)